「アレも聞きたい,コレも聞きたい!」では,呉市で暮らす外国人インタビューをお届けします。今回は,中国出身の両親のもと,日本で生まれ育った蒋瑶(しょうよう)さんに「16歳の今,思うこと」についてお話を聞かせていただきました。
寡黙な幼稚園時代
生まれたのは日本ですが,小さいころは母親が頻繁に中国に帰国していたため,中国語しかわかりませんでした。
3歳で呉市内の幼稚園に入園しましたが,当時家の近くにあった幼稚園2つのうち,ひとつからは外国籍の子どもの入園を断られたため,もう一方の幼稚園に入園することになったそうです。日本語がわからない当時の私は,幼稚園ではほとんど言葉を発することはありませんでしたが,同じ中国籍の子が幼稚園の同級生にいたので,その子といつも一緒に遊んでいました。
両親からの応援,アドバイス
小学校に入ると頭の中を占める言語が日本語になり,家では中国語,外では日本語,と無意識に使い分けるようになりました。家で日本語を使うことがなかったためか,小学校3~4年生ごろまでは学校の勉強がよくわからなかったです。でも父親から勉強することの大切さを教えられたことで一念発起し,自分でコツコツと勉強し小学校6年生になったくらいから授業の内容もよく理解できるようになりました。父は自分が若いころにできなかったこと,やらなかったことに対する後悔があり,子どもたちのやりたいことをいつも支持・応援してくれています。それは母も同様です。
すべての子どもに教育の機会を
貧困地域で教育を受けることができない子どもに学びの機会を与えられるような仕事がしたいです。日本では,本人の希望の有無に関係なく中学校までは教育を受けることが義務となっていますが,世界に目を向ければ学びたくても学ぶことのできない子どもがいる現状を踏まえ,そういった子どもたちを支えるような仕事がしたいです。将来は海外で働きたいと思っていますが,人生の前半は教員として経験を積み,後半は前半で積み重ねた経験や知識をもって,海外で子どもたちを支援したいです。
「日々ポジティブに」をモットーに
学校(現在高校2年生)では,放送部で部長をしています。司会などに興味があり入部しました。この夏は全国各地で開催された放送コンテストなどで色々なところを訪れました。今は秋の大会に向けて準備をしています。学校生活における人間関係や,ちょっとした嫌なことで気分が落ち込むこともありますが,できるだけ翌日には持ち越さず,日々リセットし,基本的にはポジティブに毎日を送るように心がけています。こんな性格なので,小・中・高はいずれも楽しい学校生活を送っています。
ふたつの国を知るからこその意見 これからの日本について
日本は低所得者の人でも衣食住に心底困ることは少なく,収入の少ない人には給付金が支給され,最低限の生活が保障されています。このしくみを継続していくためには少子化を止めることが大事だと考えますが,そのためには出産・育児がしやすい社会となる必要があると思います。
ふたつの国につながりを持つ蒋瑶さんは,ひとつの文化にとらわれることなく,物事を多角的に捉える豊かな視点を持っていました。異なる言語と文化に触れてきたからこそ得られる気づきや,心の深みは,彼女自身の財産だと思います。その豊かさが,これからも彼女の人生の中でさらに積み重ねられていくことを心から願っています。
蒋瑶さん,ありがとうございました。

